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カリグラフィーとは、日本では、西洋の書道と訳されていますが、その語源はギリシャ語のCALLI(美しい)とGRAPHEIN(書く事)に由来しています。 この歴史ある伝統技術は、印刷技術の発達に伴い、一時期忘れ去られていましたが、19世紀末、イギリスのエドワードジョンストンの手によって再興されました。2000年以上も前に生み出されたアルファベットは、現代まで様々な時代を経て、変化してきました。その時代の社会や文明、または、そこに息づく人間の手によって受け継がれ、移り変わって来たのです。
エドワードジョンストンが写本(manuscript)から学んでカリグラフィーの本質を確立したように、私達も文字を歴史から勉強する事によって、初めてカリグラフィーを正しく理解出来ると言えるでしょう。それを怠ってしまうと、そこから先へは進めず、いくら練習に励んでも欧米のカリグラファーのような個性あふれる美しい文字には決して到達出来ないでしょう。非常に個性的で、基本とは一見かけ離れた様に見える文字でも、実は、写本から学んだ基本のルールの上にしっかりと成り立っているのです。基本なくしては、応用はありえません。

現在、日本でもブームになりつつあるカリグラフィーですが、単にカードなどに書かれた美しいアルファベットとしてしか、カリグラフィーを認識していない事が多く、残念です。歴史に基づき、正しく理解された知識さえ根底にあれば、書き手個人の個性が、その文字に満ち溢れてくるはずです。ただお手本を書き移し、真似する事だけでは真のオリジナリティーは決して生まれません。文字は書き手によってそれぞれ違うのだ、と言う事をしっかり認識し、文字に取り組む事が極めて重要だと思います。他人の書いたお手本を学ぶのではなく、その文字のコンセプトや性質を、歴史をふまえて学ぶのです。
日本人は手先が器用であるし、日本独自のシンプルで美しいデザインセンスにも恵まれています。古い歴史を持つ国に生まれた私達にとって、歴史から伝統技術を学ぶ事は、さほど難しい事ではありません。どの伝統技術の習得においても、まず過去の偉大な職人や芸術家が生み出した本物からしっかり基礎を学び、基本が出来てから初めて応用へと移る事が出来ます。カリグラフィーにおいても全く同じ事が言えるでしょう。 単に表面的に文字だけを書くというのでは、カリグラフィーの本当の面白さ、奥の深さを知ることにはなりません。個性あふれるモダンなカリグラフィーを目指すには、まず過去から学ぶという真摯な姿勢と、地道な努力が、一番大事な事だと思います。

日本にカリグラフィーが入って来てまだ歴史が浅い現在、カリグラフィーを正しく理解し、広めていく事が私達カリグラファーにとっての使命であると考えます。これから将来の日本のカリグラフィーに対して、大きな責任を担っているのだと認識する事が、今、私達カリグラファーにとって必要な事でしょう。
間違った認識や知識によってカリグラフィーが脇道にそれる事は、これからカリグラフィーを学ぶ人達のためにも、絶対にあってはならない事です。欧米から日本の現状を見た時に、彼らの伝統的なアートが間違った方向に進んでいるとしたら、どんなに悲しい事でしょう。写本からしっかりと基本を学び、本質を知った上で、日本人として新たに個性や表現力を見出していけば、西洋と東洋が学び合う事にもつながり、日本に根付いたアートとして尊敬されると思います。

印刷技術が発明されるまで、文字は手によって書かれる事が当たり前でした。しかし、現代、私達の身の回りには、活字やワープロ、パソコンなどの機械によって作られた文字であふれています。人間の手によって丁寧に書かれたアルファベットは美しい表現力を持ち、見る者に温かさと力強い個性を与えてくれます。これから将来、手書きの文字は益々見直されていき、カリグラフィーは様々な形で日常生活の中に登場するでしょう。
そういった中で、カリグラフィーを、よりいっそう楽しむためには、単に文字の形をお手本にそって書くだけでは、物足りないでしょう。その文字の生まれた時代の社会的背景や、言葉、詩、引用文の作者について調べたり、彼らが生きたその時代にまでさかのぼって、文学や歴史を学んでいくと、また違ったものが見えて来ます。そうすることで、私達は日常生活の中でもっとカリグラフィーを、様々な側面から楽しむ事が出来るはずです。
カードなど生活に根ざすクラフトとして、又は西洋文明の観点から文字や本の歴史として。 読むというより見て楽しむアルファベットの現代的アート、又はグラフィックデザインの世界。
大切な言葉をいかに読み手に伝えるかという、手書き文字本来の持つ役目として。そして、ブックバインディング(手書きの本のハンドメイドによる製本)や、紙やペン、筆やインク、墨といった様々な道具の世界、などなど。その興味は果てしなく広がり、楽しみ方は尽きる事がないでしょう。
中世の修道院の中で、毎日ひたすら机に向かって書いた写字生達。その写本の1ページ、1文字から、私達は限りない知識と美しさを得ることが出来るのです。歴史を知る事は、真のカリグラフィーの楽しさ、真の文字の美しさを、満喫する事に他ならないのです。私は一人でも多くの人に、この言い尽くせないほど、深い魅力にあふれるカリグラフィーを、知って頂きたいと願っています。
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